こんばんわ。
演劇を観たあとは感想を書く。はてなブログ以外もあわせて30本ぐらいは書いてるんだけども、上達してるのだろうか(いや、してない)
見直しはすれど、推敲はせず。というか一文にまとめることをなかば諦めているから読みずらいんだろうな。
ちょくちょく自分語り入るのウケル。話題は二転三転七転八倒。まとまらないし、止まらない。
サカナデさん。は3本目で 『越えられない夜を越えて』と吉報での短編。
アフタトークでもそのようなことを言っていたが、作風、題材が確立されていて、もしゃ感想も似たようなものになるのか、田舎。
感想とは関係ない開演前の妄想の話からしますと、演劇、特に自分と関わりのある小劇団の演劇って普通は3日から1週間ほど期間があって、千秋楽が終わると二度と上演されることはない。なんか刹那的だなと。もったいないなという思いもあり、見えている現実もあり、逆説的に「だからこそ良いのだ」という考え方もあり。最高の芝居も、最低の芝居も終わったら終わり。 そこに少しでも抗いたくて、人は感想文を書くのだろう。
毎回そうなんだけど、基本的には登場人物に対する感想であって、演技演出戯曲にはあんまり触れられない。
話さずに察してよ!みたいな態度は本当にけしからんと思っております。
言う言わないは自由よ、そりゃね。けど「言えない、察してくれない」はもうだめ。
まあ僕自身もまあ言うタイプじゃないけど?言えなかった自分が悪いに落とし込みますが??
という個人的思いはありつつも。これ演劇だからね。あの言いたいこと全部言ってたら演劇にならないんですよ。
アフタートークでななめだ先生もおっしゃってました。これは演劇である事に意味がある演劇だったと。。
登場人物が思ってること全部口で説明するんだったら戯曲を読めば事足りるわけですね。
「演劇を観る」とは察することで、「演劇を作る」ことは察させること。
と言い換えられるかもしれない。
察させるって言いづらすぎて正しい日本語か疑わしいな。
さっさせる
察せない俺も悪いが察させられない役者に責任がある。という事もできる。
さっさせられない
「さっさと察しなさいよ!私が察されられないせいって言いたいの!?」
けどまあ、そりゃ、察してくれる人が相手ならこれ以上幸せなことはないってのも事実なんだろうが。
個人的に恋愛と呼べるもの10年ぐらいまともにしてないから、煮詰まって常世と乖離してる可能性は高い。
察するどうのこうのは、全然今回の主題ではないんだけど、どうしてもつっかかってしまう。登場人物が察し良すぎてもそれもまた物語にならない。
もう決まってるなら夜ごはんなににする?とか聞いてくんな!
①安定して出世が見込めて家事全般得意だけどすこしおもしろみにかける男
②不安定で家のことは何もしないが刺激的かつセンスは抜群で一緒にいて楽しい男
どっちと結婚する?
へーみんな①なんだ、おれだったら①と結婚しつつ②と浮気するけどなあ。。
そうしない理由は、好きだから。であって欲しいもんだが、
あなたのためを思って別れたいっていうのよくない。(言ってない?)
というか、本当に別れたいと思ってるなら反論の余地を残すなよ。
別れ話というか会話になってる時点で決めきれてない。と判断するよ。オレは。
本心だとは思う。 私と一緒に過ごす時間が無駄になる。ってとこ。
けどまあ別れた後の男が存外元気そうでよかったなと思った。少なくとも対外的には。。まあぼろ泣き癇癪とかされても見てられないけど見てみたい気持ちもある。
「正しい別れ方」は、また別に書くか。
現実でもままいそうだけど、体調悪くなるのわかってても飲みたい酒の気持ちわかったことない。蟹アレルギーなのに蟹食っちゃうみたいなもんだよね。
若気の至り的なのは置いといて、失敗を繰り返しちゃうほどの魔力がそこにはあるんだろうな。
ん?けどさすがに入院レベルの体調不良になるなら、控えないか??いや、アルコール単体なら平気だけど、ストレスと相まってみたいな話だったか。うん。
じゃあストレスが悪いな。
けどそのストレスの原因って自分の性質のせいじゃないか?
それをなんとかしようとしてアルコール飲んだのも自分の意思だろ!
こいつ。。周りに迷惑かけて、、、、 けど好きだから許しちゃうってわけ。
かぎを探すときに本棚の本取り出すか?
いや、まあつまり男はね、女が鍵を無くしただなんて思ってなくて、あの絵、おそらくいやらしい絵を見せたかったんじゃないか?なんでかは知らん。
狙ってなきゃ、狙ってなきゃあんな雰囲気にならない・・よね?
少しずつ忘れてるなあ。その時の思考。
いやあ、今度から台本買おっかな。。記憶に残らないシーンはどうでもいいシーンと、切り捨てることがもったいなく感じてきた。。
犬・NISA・結婚、あるいはマイホーム。現実
安定そのものが居心地悪いのか、安定を壊してしまう未来が怖いのか。
マリッジブルーかよ。
この柄のタトゥーでいいんだろうか。
それ自体がかっこいいとか、きれいとかって感覚は分かるけど、どちらかというと二度と消せませんよっていう精神性が大事で、結果消したくなる未来もあるかもしれないけどその時は一生背負っていく覚悟をしていたはずなんだよな。
結婚したいとか、犬を飼いたいだって一時の感情にすぎない。
不感症というタイトルもまあいろんな意味込めてるだろうけど、案外そのままってこともある。
意外とシンプルな問いかけのようで束子さんの底知れなさに深読みせずにはいられない。
謎解きじゃないんだから正解はないが正解
理由は大概後付けだってよ。
結婚は人生の墓場だって
エッセイ漫画はもっとほのぼのしてる表面を描いてるんだろうなっておもったけど、意外と内面というか、ヒップホップより、というか。。それ自体をみて作画のほうは何とも思わないんだろうか、、いや漫画の文字じゃ読み取れない情報が、声優の声にあったというだけ、か? 、、まあ実話なのか創作なのかっていう線引きは作品に存在しない
たまごを落として、それを使うってのは実際に作家の実話だったし、、、
たまごを落としたこと演劇的にも漫画的にも、ボイスコミック的にも実話的にもいったい何を表現してるのか全然わかんない。というか。大事なepisodeっぽい雰囲気だけは感じ取ってる。本当に雰囲気だけかもしれないし
シンプルに読解力不足な気もするが、
彼との日常に刺激不足を感じたepisodeであり、安定を象徴してるepisodeでもあるってこと?いや、違うよな。。ここら辺整理できてなさすぎて、読めない。
生活だけは終わらない。
耳の裏てツボがありそうだな。と思い調べると、
翳風(えいふう)というツボがありました。美容効果があるとか
こういうリアル調の芝居をさ、アパートの隣り合った2室借りて隣の部屋から小さい穴を通してみる。ていうの。。
どう?
最後に覗いてる僕に役者が気づいて終わる。
マジックミラー号的なあれでもいいな。
ん?いや。舞台上はマジックミラーであるべきじゃないかむしろ。
テキトーなこと言ってます。
観劇後、大須で豚米食べて、うま娘の脱出ゲームに失敗してピザ食って帰宅のちマーダーミステリーやってお休みの一日。
うまかったな。
以上2930字
まあ20000字は頑張ったね。